夏葉社(なつはしゃ)という出版社をひとりで営んでいる島田潤一郎さんの本です。
前に『古くてあたらしい仕事』という島田さんの本を読んだことがありました。
関連記事:夏葉社、島田潤一郎さん著『古くてあたらしい仕事』を読みました。誠実さを妥協しない仕事をひとりでやる。勇気をもらえた本
わたしもひとりでブログメディア運営をしている身なので、島田さんのその働き方に共感する部分が多かったです。
『あしたから出版社』は、さらにその仕事っぷりが詳細に語られています。
2014年に刊行され、2022年に文庫化。
文庫化につき「四五歳のぼく」と頭木弘樹さんの解説が加えられています。
まっすぐ生きて、きれいに死ぬ
これはわたしが敬愛するミュージシャン浅井健一さんの「Beautiful Death」という曲の一節なんですが、本書をよんでパッと連想した部分でした。
まっすぐ生きて きれいに死ぬ
愛するものを愛し続ける
まっすぐ生きて きれいに死ぬ
愛するものを愛し続ける
できたら途中でたくさん笑える場面があればいい
できたら途中でたくさん感動できたらなおさらいいぜ
実際のところ、愛するものを愛し続けて、それで生計を立てていくのはかんたんなことではありません。
しかし島田さんと夏葉社はその稀有な例であると思います。
成功でも失敗でもない
この本は出版社の経営について書かれている、そんな一面もたしかにあります。
いわばビジネス本として読むことも可能でしょう。
しかし一般にビジネス本とは「成功と失敗の物語」ですよね。
それでいうと、本書はまったくビジネス本ではありません。
たしかに「ひとり出版社」として生計を立てていく成功物語なのかもしれない。
でもじゃあ、金銭的(経営的)に大成功したかと言うと、そんな描写はない。
一方でおおげざに苦労話を語るわけでもない。
では何かというと、これはただ単に「人生の物語」なのだと思います。
冒頭、島田さんは最愛の従兄弟との別れを語ります。
しかしそれもまた、人として生きるなら誰でも(いづれは)経験する別離です。
「だから悲しくない」という意味ではないですが、特別なことではない。
でもその経験を大事にするかどうか、そこに大きな違いがあると思います。
出版社の仕事の面でもそう。
島田さんの仕事は「イノベーション」でもなければ「ドラスティック」でもない。
やはり特別な仕事をしているわけではない。
ただ仕事の過程で出会った人々、そして本そのものにもちゃんと”思い入れ”をもって大事にしているだけ。
人生はどこにあるのか。
いささかおおざっぱな質問ですが、それはやはり「人と人との間」だと思います。
島田さんはただじぶんの人生を生きて、それが描かれているこの本はやはり「人生の物語」です。
翻って考えてみると、そんな「人生の物語」ってあんがい読めないのではないでしょうか?
本に限らず、ネットでも映画でも。
その意味で、とてもユニークな本だと思います。
羨ましい仕事
一方でわたしは「眩しすぎる…」なんて感想も持ちました。
この本を読んでそんなこと言うのは、わたしだけかもしれないけど(笑)
シンプルに羨ましいのです。
人は誰しも心のどこかで、じぶんの信じる仕事を、妥協なく一生懸命やりたいと思っているのではないでしょうか。
ところが何かにつけていいわけをして、妥協してしまう。
わたしもそうです。
島田さんはじぶんの仕事をやりとおす「強さ」をもっており、わたしはそれが羨ましいと思う。
でもすこし考えると、一の純粋な仕事を支えるために、千の凡庸な仕事があるとも思います。
なんとなくですが、きっとこの本を手に取る人は、少なからず社会を恨む気持ちがあるのではないでしょうか。
帯に「就職はあきらめた。」とあったり、島田さん自身も就職活動を全戦全敗した経験をもっています。
なんならわたしも就職したことがありません。
だから共感することも多いのでしょう。
しかしそんなわたしたちのちいさな孤独が寄り集まった時、じぶんたちが社会の当事者であることを忘れて、攻撃的になってしまうことがあったりします。
今の時代、そんな場面は情報空間を中心にたくさんあると思う。
反骨心をもって生きるのは、悪いことじゃない。
でもオルタナティブな生き方をするなら、なおさらマジョリティに対して敬意を持たなければならない。
だから島田さんには「カリスマ」とか、まして「インフルエンサー」になってほしくない(笑)(まぁ、杞憂なんですけど)
この本は良い本だから、若い人が読んだからきっと「燃える」と思う(いい意味で)。
憧れたり、やる気ももらう人も多いはず。
でも、そこであえてわたしは冷水を浴びせたい。
熱さと冷たさを両方持つ。
そんな矛盾を抱えることが、実は純粋な仕事とか、人生を大切にすることに繋がると思います。