糸井重里さんが主催するウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」
この本は、その立ち上げの経緯と志を綴った内容です。
2004年に発行されています。
押しも押されぬ人気ウェブメディアである「ほぼ日」ですが、そもそもどうして立ち上げようと思ったのか?
そこには糸井重里さんの反骨精神とインターネットに対する純朴な夢があったように見えました。
反骨、そしてあの頃みた、インターネットの夢
コピーライターとして長く広告業界で活躍した糸井さん。
しかしバブルがはじけ、90年代に入るにつれて社会全体に暗い雰囲気がただようになる。
広告業界もかつての景気の良さは見られなくなっていった。
そんな中で「クリエイティブ」と「クリエイター」がないがしろにされているのではないか?という違和感を糸井さんはもっていたようです。
言葉は悪いですが、広告業界におけるクリエイターは下請け仕事。
企業が広告を出したいと思い、広告代理店が仲介しなければ、クリエイターは仕事にありつけません。
その構造だと、時にクリエイターが大事にするクリエイティブ(作品)が二の次三の次になってしまう。
「どうにかクリエイター自身がイニチアチブを握れる働き方はないものか?」
その想いは既存の業界や働き方に対する反骨精神だとわたしには読み取れました。
実際にそのような志が初期のほぼ日の原動力になっていたことがわかります。
そしてその想いを実現できるテクノロジーが世の中に登場し始めました。
インターネットです。
無料でいくらでもコンテンツを届けられる媒体。
これならクリエイターがイニチアチブを握って、届けたいものを欲しい人に直接届けられるのではないか?と糸井さんは考えました。
この本には、日本におけるインターネット黎明期の個人の「ホームページ」がいくつか登場します。
個人と個人が直接やりとりする風景や、今で言うクラウドファンディングの原型のようなことを目にして、糸井さんはがぜん目を輝かせるのでした。
既存の「ありかた」から抜け出して、新しいものを模索する。
この本にはそのおもしろさ、空気感、気運が溢れています。
インターネットが最初にみた夢はまさにそのようなことであったと思います。
既存からの「自由」と「解放」のためのテクノロジー。
それがインターネットだ。
しかし今やインターネットはかつてないほど「抑圧」と「制限」に溢れています。
コンテンツを集約する「プラットフォーム」が世界のビジネスのど真ん中にいる。
「プラットフォーム」がかつての「業界」のようにクリエイティブの命運を握っている姿がそこにはあります。
そう考えた時、この本に書かれた糸井さんが見た夢やその記録は、今こそ非常に価値のあるものとして立ち上がってくるように思いました。
ほぼ日は2021年から「ほぼ日の學校」という新しい学びの場を提供する事業をはじめるそうです。
その事業自体は、決して珍しいものではないでしょう。
極端な話、オンラインサロンのジャンルに入れてしまうこともできそうです。
しかし、「ほぼ日の學校」にはやはり「クリエイティブがイニチアチブを握る」という哲学が通底しているように思います。
今、そのような事業を始める場合、実際のところプラットフォームを使った方が有利でしょう。
集客力、決済システムの安定性、サーバーコストなどを考えれば、「もちは餅屋」で、プラットフォームを利用するのは決して悪手ではありません。
しかし一方で、プラットフォームの都合でクリエイティブが制限されたり、削除されたりすることがあります。
ほぼ日はそれを許さない。
その可能性すら許さないように見えます。
2021年現在の新事業においても「クリエイティブがイニチアチブを握る」ことを頑な守り続けている。
その姿勢は「抑圧」と「制限」の世界になってしまったインターネットにおいて、よりいっそう大事になってくるものだとわたしは感じます。
わたし自身、インターネットを生業とし、生活している身。
「自由」と「解放」のインターネットの興奮を今、ふたたび取り戻したい。
そんな気分でいます。
なんといっても「ほぼ日」は、ウェブメディアとしては大成功している部類です。
個人のブログでも、企業のウェブマガジンでも、これからウェブメディアをやる人は読む価値があると思います。
忘れちゃいけない「夢」がここにはあります。
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