「ひとり出版社」である夏葉社を営む島田潤一郎さんの本です。
夏葉社を立ち上げた経緯や、仕事をする中で感じたことを綴ったエッセイになっています。
その内容は「仕事術」といった、いわゆるノウハウではありません。
即効性のあるライフハックは書いてありません。
どちらかと言うと、仕事に挑む「態度」や「姿勢」。
アティチュードが書かれています。
そもそも島田さんの仕事はすごくシンプルで、自分が読みたいと思う良い本を作って売るだけ。
それは時に経済的に不合理だったりします。
しかし「ひとり」だからこそ、不合理を受け入れて、自分の信じる仕事ができると。
誠実な仕事をする=他人を信じる
わたしは「ひとりメディア」を運営しています。
立場が似ているので、すごく共感する部分が多かった。
わたしは、自分の信じることを続けるためには「自分が信じることを他人が評価してくれることを信じる」ことが必要だと思います。
世界が多様であること、人に個性があることを信じなければ、自分の誠実さでもって一歩を踏み出すことはできないでしょう。
そして島田さんもこの本の中で、本を取り巻く仕事や読者を信じて行動しているように感じました。
一方で、それは綺麗事のようにも思えますよね。
「そうは言っても現実は厳しいでしょ?」と突っ込まれれば、それはもう「そのとおりだ」と言うしかありません。
でも、ひとりで仕事をすることのおもしろさは、一人分を稼げば良いので「誠実さ」に妥協しなくて良いことです。
「社員を食べさせなきゃ…!」なんてプレッシャーは皆無。
自分ひとりが暮らしていく分には、どうにかこうにかやっていけるものだと実感を持っています。
それはやはり、現実として世界は多様で、人間はいろいろだからでしょう。
夏葉社も「2,500部」というスケールを目標に、誠実に商売を営もうと挑戦されています。
その姿にとても勇気がもらえた気がしました。
生活者として
わたしがこの本を読んで好感が持てたのは、島田さん自身が「生活者」に見えたからです。
起業家でも、ビジネスマンでも、フリーランスでも、サラリーマンでもない、ただの生活者として生きてきた様を綴っている。
本の中には感動的なストーリーがあります。
でもそのストーリーは、夏葉社の成功ストーリーではありません。
ただ市井の生活者として生きてきたなかで紡がれたストーリー。
「ストーリーのためのストーリー」ではなく、ただ人生の足跡を振り返っただけ。
ビジネス本は、時に特別なストーリーを生きる方法を提示します。
おもに成功というゴールを目指すストーリーです。
でも、翻って考えていると、人生はいつだって特別なストーリーです。
平凡に見える人生も、すべてが平坦だったわけではない。
「生きていれば、いろいろある」のが人生。
きっと誰にだってストーリーはあって、もしそれを本にできたのなら、きっと誰かの心を暖めることができるでしょう。
しかし、本の中ですから、増え続けているのはわかりやすいストーリーです。
ひとりで仕事する=フリーランスのおもしろさは「誠実さ」に妥協しなくて良いことだ、と言いました。
けれど世の中に出回っている本は、そのフリーランスですら、画一的な成功を促す内容が多くなっている。
その現状にひどく寂しい思いを感じることがあります。
その時、ふっと本屋で手にとったこの本が、わたしの気持ちを温めてくれました。
こんな言葉ありました。
本を読むことは、音楽に耳を澄ませることは、テレビの前でスポーツに熱中することは、現実逃避なのではない。その世界をとうして、違う角度から、もう一度現実を見つめ直すのだ。
わたしの目の前は、ときどき「成功」という一色の答えで染まりそうになります。
でもこの本を読むことで、わたしは「違う角度から、もう一度現実を見つめ直す」ことができたように思います。
それでもまた、ひとつの色に染まりそうになることがあるでしょう。
だから、この本を本棚において、ときどき薬のように読んでいきたいと思います。
平易でやわらかい文体で書かれたこの本は、きっと誰にとっても読みやすいと思います。
立場がどうあれ、たくさんの人に読んでほし一冊です。
ぜひ読んでみて下さい。
関連記事:個性的な本をつくる「小さな出版社」まとめ。流行に流されない本