ノンフィクションライターの石戸諭さんの『ニュースの未来』を読みました。
この本を読む前にまず前提として共有しておかないといけないのは、現代の情報空間に対する批判的な目線です。
フィルターバブル、エコーチューンバーなどの言葉で表現されるように、インターネット空間は人が「見たいものだけを見せる」力学がつよく働きます。
それによってもたらされたのは、近年盛んに叫ばれている「分断」です。
「ニュースは分断を生み出し、人々をバラバラにするものでしかないのか?」
まさのそのニュースを生み出すライターならば、その問いを持たなければ誠実とは言えない状況になっています。
そして本書は石戸さんがいちライターとして、その問いに答えようとする内容に読めました。
ニュースの未来
ライター目線から「良いニュース」の普及を目論む
本書ではニュースを3つの分類に分けて、さらに良いニュースには5つの要素があるとしています。
とりわけ分断を回避するために必要なのが、良いニュースの条件のひとつである「思考」でしょう。
二項対立に陥りがちなニュースを取り上げる際も、両者の立場を公平に行き来しながら、最終的にはグレーの淀みの中に着地する。
勝者と敗者をきっちりわけ、じぶんが擬似的に勝者側に立つことでストレス解消を促すような効能は、そこにはありません。
しかしだからこそ読者はあれこれ考えざるを得ないので、結果的に視野を広げることができる。
そしてそのように思考を深める「良いニュース」を発信できるライターが増えていくことを石戸さんは望んでいるように思います。
この本は、ニュースの3分類、良いニュースの5条件など、混沌とした「ニュース」という概念をわかりやすく体系化することで、後輩ライターたちが「良いニュース」へとたどり着くための手がかりを残そうとしています。
ライターの誰しもが「このままではいけない」という疑念を、今の情報空間に抱いていると思います。
それと同時に、真綿で首を絞めるようにじわじわとライターという職業が終わり近づいている不安感に苛まれているかもしれません。
そこに一筋の希望を照らすのがこの本だと思います。
その意味では、やはり「ライター向け」の本と言えるでしょう。
ニュースの未来、別のレイヤー
本書はあくまでライター目線からの「ニュースの未来」を語っています。
これが編集者や経営者(メディア運営者)となると、また違った議論が立ち上がっていくのではないでしょうか。
石戸さんは新聞社→ネットメディアと渡り歩き、現在は雑誌に「良いニュース」を発信する活路を見出しています。
しかし、雑誌だけが良いニュースを掲載できる媒体なわけではありません。
むしろそうであってはいけないと思います。
良いニュースが育まれるエコシステムを情報空間全体で構築していくことが、これからは必要です。
本書ではそのようなマクロ視点から情報空間の健全化を目指すような指摘はなされていません。
つまり「良いニュースを掲載し続けるニュースメディアの経営とは?」といったような論点です。
今後は「良いニュース」が金銭的にも評価される環境をつくることが極めて重要でしょう。
即時的なゴシップ、ワイドショーがお金につながっていくこの全体環境が変わらない限り、なかなか「良いニュース」は増えていかないのではないでしょうか。
しかし一方、ライターが「良いニュース」を作りさえすれば、外部環境に関係なく、人に届き、ビジネスにもつながっていくんだという力強さも本書には感じます。
これは卵が先か、ニワトリが先かという議論かもしれません。
だから二項対立ではなく、ライターはライターとして、経営者は経営者として、それぞれの立場から「良いニュース」を醸成していくことに邁進しいくべきです。
そう思ったとき、本書で「良いニュース」をしっかり定義づけたことは、これからの情報空間に大きな貢献になるのではないかと思います。
ニュースの未来
ニュースの未来を照らす人々
批評家の宇野常寛さんの『遅いインターネット』では、本書で言及しきれていない「情報空間のエコシステム」について論じられています。
そのうえで宇野さんが「遅いインターネット」という活動に着手した意義を語っています。
また古賀史健さんの『ライターの教科書』は、逆にさらにミクロな視点に踏み込んで、ライターとして良い仕事をする方法が論じられています。
古賀さんは書籍が主戦場のライターですから、「ニュース」とはまた違うかもしれませんが、石戸さんがリスペクトするニュージャーナリズムを踏まえると、かなり接近しているように思いました。
関連記事:古賀史健さん『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』を読みました。ライターの誇り高い仕事がここにある
また古賀さんの主宰する「バトンズ」や、宇野さんの主宰する「PLANETS School」は、これまで新聞社が担ってきたライターやジャーナリストの育成を代替えすることを試みているようにも思えます。
いづれにしても、それぞれの立場でそれぞれのやり方で「良いニュース」を作ろうとしているようにわたしには見えます。
他方、ニュースを受け取る側「消費者」の立場に立ったときの目線も重要です。
ほとんどのニュースは百害あって一利なしと断じている『News Diet』は、とてもおもしろい本でした。
関連記事:『News Diet』を読みました。つまり情報のミニマリズム!
ライターとしてはかなり耳が痛い指摘に見えますが、News Dietは消費者が「良いニュース」を選別して摂取するノウハウとも読めるので、ある意味では歓迎すべきムーブメントかもしれません。
すでに『ニュースの未来』を読まれた方も、これらをあわせて読むことでさらに理解が深まると思います。
ぜひ読んでみてください。
遅いインターネット
取材・執筆・推敲 書く人の教科書
NEWS DIET